最高裁判所第一小法廷 昭和55年(行ツ)11号 判決 1985年3月14日
東京都渋谷区宇田川町一番三号
上告人
渋谷税務署長 内海一夫
右指定代理人
藤井俊彦
有本恒夫
東京都渋谷区代々木一丁目三一番一二号
被上告人
株式会社日本綜合物産
右代表者代表取締役
吉田喬
右訴訟代理人弁護士
舘孫蔵
加毛修
川嶋義彦
右当事者間の東京高等裁判所昭和五二年(行コ)第一〇号法人税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五四年一〇月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人蓑田速夫、同藤浦照生、同遠藤きみ、同品川芳宣、同岩田栄一、同高橋欣一、同磯部喜久男、同林昭司、同相馬順一の上告理由について
所論の点に関する原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。原審の確定した事実関係の下において、被上告人が被った本件損害は本件事業年度における法人税額の算定上損金の額に算入することができるとした原審の判断は、結局正当であって、所論引用の判例に反するものでもない。原判決に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決の結論に影響を及ぼさない点について原審の判断を論難するものであって、いずれも採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一 裁判官 矢口洪一 裁判官 高島益郎)
(昭和五五年行ツ第一一号 上告人 渋谷税務署長)
上告指定代理人蓑田速夫、同藤浦照生、同遠藤きみ、同品川芳宣、同岩田栄一、同高橋欣一、同磯部喜久男、同林昭司、同相馬順一の上告理由
原判決は、被上告人がその昭和四八年四月一日から昭和四九年三月三一日までの事業年度(以下「本件係争事業年度」という。)の法人税の確定申告において詐欺による被害として金四、〇〇〇万円を損金の額に算入したのは相当であって、右損金算入を否認した上告人の本件更正処分及びこれを前提とした本件過少申告加算税賦課決定は違法であると判示した。
しかしながら、原判決の右判断には、判決の結論に影響を及ぼすことが明らかな法令違背すなわち法人税法二二条二項及び三項の解釈・適用の誤り、事実認定に当たっての経験則、採証法則違背並びに理由不備の違法がある。
第一 本件法人税更正処分の内容並びに原判決の事実認定及び判断の要旨
一 本件法人税更正処分の内容は、被上告人(控訴人)が本件係争事業年度の法人税の確定申告において詐欺による被害として金四、〇〇〇万円を損金に算入したのに対し、上告人(被控訴人)が、右詐欺被害は右事業年度においてはいまだ損失額が確定していないとして右損金算入を否認し、併せて確定申告の転記誤びゆうによる当期利益金の過大計上一円を認容したというものである(原判決八丁表)。
二 本件の争点は、専ら右詐欺被害金の損金計上の可否にあったところ、原判決は、右争点につき次のとおり判示した。
1 原判決の事実認定
(一) 当事者間に争いのない事実
(1) 「控訴人が昭和四八年七月三一日熊本バス名義で買主となり、売主たる国土企業と新潟県上越市大字中屋敷字炭山八九二番ほか一一八筆の土地(面積合計六六、〇〇〇平方メートル、以下本件土地という。)につき売買契約を締結し、その際控訴人が国土企業に対し手付金として金四、〇〇〇万円の小切手を交付した」
(2) 「右契約において国土企業は控訴人に対し本件土地のうち一団の地形をなした面積一九、八〇〇平方メートルの土地を引渡し、かつ、所有権移転登記手続をなすべきことが約定されていたが、右国土企業は、控訴人に対し同年八月三〇日及び同年九月二七日の二回にわたり、本件土地のうち本件八筆の土地につき所有権移転登記手続をなしたに止り、その余の履行をなさなかった」
(二) 証拠による認定
(1) 「控訴人は、昭和四八年七月三一日熊本バス名義で国土企業と本件土地につき代金を一億七、〇〇〇万円とし、契約と同時に手付金四、〇〇〇万円を支払い、同年九月一〇日までに本件土地のうち一団の地形をなした一九、八〇〇平方メートルの土地につき所有権移転登記手続を受けると引換に中間金二、〇〇〇万円、同年一〇月三〇日までに残地の所有権移転登記手続を受けると引換に残金全部を各支払う旨の約定で売買契約を締結し、同日国土企業に対し手付金として訴外肥後相互銀行振出しにかかる額面金四、〇〇〇万円の小切手一通を交付した」(原判決理由二の(一))
(2) 訴外「大川満、山岸要助……及び……田辺正胤、……荒川善四郎は、これより先、本件土地を買収しこれを転売して差益を取得しようと考え、訴外風間孫三郎ほか三一名の本件土地所有者と交渉したが、そのうち買収に応ずる旨の内諾を与えたものは僅か数名に過ぎなかったにもかかわらず、共謀の上、本件土地売買契約を締結して手付金名下に金員を騙取しようと企て、昭和四八年七月二八日いわゆる休眠会社であった国土企業の代表取締役に右大川が、取締役に右山岸がそれぞれ就任した旨の登記を経由した上、同年八月二三日その本店を長野市から東京都江東区門前仲町二丁目三番九号へ移転し、控訴会社の役員訴外吉田喬らに対し「本件土地の地主全員から土地の買収に応ずる旨の内諾を取付けてある。」等の虚偽の事実を申し受け、その旨誤信した同人をして本件土地につき前示売買契約を締結させ、もって控訴人から手付金名下に金四、〇〇〇万円の小切手一通を騙取した」(同(二))
(3) 「控訴人から右小切手を騙取した右大川らは、直ちにこれを現金化し、大川満、山岸要助、田辺正胤、荒川善四郎において、各金二〇〇万円宛分配し、訴外布施某に手数料として金三〇〇万円、訴外渡辺渡に経費として金一七八万円を支払い、前示売買契約の売主の義務がすべて真実に履行されるもののように装うため本件八筆の土地の買収代金として金二、四〇〇万円位を売渡人らに支払ったほか、その悉くを費消した」(同(三))
(4) 「控訴人は、国土企業から同四八年八月三〇日及び同年九月二七日の二回にわたり、本件八筆の土地につき所有権移転登記を受けたが、右土地は、一団の地形をなさないいわゆる虫食い状態の土地であって、宅地造成用地としては価値に乏しいものであった」(同(四))
(5) 「本件土地売買契約の名義人であって前示手付金を支出した熊本バスは、同四八年一一月九日長野県<正しくは「新潟県」である……上告人代理人注>上越南警察署長に対し、右大川、山岸、田辺、荒川らの行為は詐欺罪に該るものとして同人らを告訴したところ、同署捜査官において捜査の結果、同四九年一月一二日ころ大川、山岸、田辺の三名を逮捕した……。なお、右大川、山岸は、間もなく長野地方裁判所長岡支部<正しくは「新潟地方裁判所高田支部」である(甲第四号証)……上告人代理人注>に対し詐欺罪として公訴を提起され、同五一年三月二四日各懲役二年六月、執行猶予三年の判決言渡しを受けた」(同(五))
(6) 国土企業の本店所在地は、大川が同棲していた訴外小林礼子の居宅であり、長野営業所なるものは右山岸の本妻の居住する借家であり、また上越営業所は右山岸と同棲していた訴外北村フジの賃借家屋であって、同社は、上越営業所に若干の備品、什器と預金を有したほか、他に見るべき資産を有しなかった」(同(六))
(7) 「右大川は、長野県水内郡三水村大字塩字寺浦六、四五九番一に宅地九七〇・八四平方メートルを所有していたが、右土地には訴外長野信用金庫のため元本極度額を金二〇〇万円とする根抵当権の設定登記がなされているほか、同四五年九月四日訴外上野菊治の申立に基づく強制競売申立の登記がなされており、他に資産を有せず、また、右山岸、田辺、荒川も資産を有しなかった」(同(七))
(8) 「控訴人は、当初本件詐欺被害の手付金四、〇〇〇万円を、帳簿上資産科目の仮払金として処理し、本件八筆の土地については前示売買契約に基づく給付として不完全なものであったため、特に資産勘定に計上しなかったが、種々調査の結果、本件詐欺被害の事実が明確になったものと認め、本件係争事業年度における法人税の確定申告に際し、右手付金四、〇〇〇万円を詐欺被害として雑損金に計上した(同(八))
(9) 「熊本バスは昭和四九年東京地方裁判所に対し国土企業及び前示大川、山岸を被告として損害賠償請求の訴を提起し、その審理中の同五一年四月七日裁判上の和解が成立した……、右和解は被告らの申出によってなされたものであるが、当時大川、山岸に対する詐欺被告事件の審理終結が間近であったこと、右和解に利害関係人として参加した控訴人は、右同日国土企業、大川、山岸から、同人らが損害賠償として支払を約した金四、六〇〇万円のうち金八〇〇万円の支払を受け、国土企業から金六〇〇万円の支払に代えて本件八筆の土地の譲渡を受けたこととし、その後同五二年三月三〇日控訴人は右債権のうち金一、四〇〇万円を訴外吉田喬に譲渡し、残金一、八〇〇万円及び和解において約定された年二割の割合による遅延損害金債権を放棄し、いずれもその旨の通知をなした」(原判決一五丁裏四行目以下)
2 原判決の判断(骨子)
(一) 「前叙認定事実によれば、熊本バスは、手付金四、〇〇〇万円を詐取されたことを知って告訴したところ、捜査のの結果、国土企業の代表取締役大川、同取締役山岸及び田辺の三名は昭和四九年一月一二日ころ逮捕され、間もなく右大川、山岸の両名は詐欺罪を犯したものとして、公訴を提起されたばかりでなく、国土企業、大川、山岸、田辺及び荒川はいずれも無資産、無資力であったというのであるから、詐欺被害の事実並びに被害額は、遅くとも本件係争事業年度の最終日までには具体的に確定し、社会通念に照らして明確になったということができる」(原判決一三丁裏五行目以下)
(二) 「後日裁判上の和解が成立して控訴人が一部弁済を受けた事実があったからといって、他に格別の事情を認め得ない本件においては、これより遡った本件係争事業年度当時国土企業等に資力があったと認めることもできない」(同一四丁裏二行目以下)
(三) 「所得金額を計算するにあたり、同一原因により収益と損失が発生しその両者の額が互に時を隔てることなく確定するような場合に、便宜上右両者の額を相殺勘定して残額につき単に収益若しくは損失として計上することは実務上許されるとしても、益金、損金のそれぞれの項目につき金額を明らかにして計上すべきものとしている制度本来の趣旨からすれば、収益及び損失はそれが同一原因によって生ずるものであっても、各個独立に確定すべきことを原則とし、従って、両者互に他方の確定を待たなければ当該事業年度における確定をさまたげるという関係に立つものではないと解するのが相当である。すなわち、当該収益、損失のそれぞれにつき当該事業年度中の確定の有無が問われれば足りるのである。」(同一四丁裏八行目以下)
(四) 「本件において、前認定の詐欺の原因たる事実により控訴人が加害者らに対し取得するに至ったと認められる損害賠償請求権は本件係争事業年度中に益金として確定を見なかったことを被控訴人においてさえ自陳するところである」(同一五丁表九行目以下)
(五) 「控訴人が代物弁済として譲渡を受けることとした本件八筆の土地は、既に売買によって控訴人が確定的にその所有権を取得したものであるが、右売買が詐欺によるものであったため、控訴人と国土企業等間において、右売買を詐欺による損害賠償の問題として解決すべく、右八筆の土地の価格とその所有権取得原因を合意によって確定変更したにすぎないものというべきであって、和解契約によって新たに右山林所有権を取得したものではないから、結局、控訴人は、本件係争事業年度後に至り、詐欺被害金四、〇〇〇万円のうち、右和解において弁済を受けた金八〇〇万円、吉田喬に譲渡した債権の対価として取得したと認むべき金一、四〇〇万円合計金二、二〇〇万円について満足を得たことになる。」(同一六丁表七行目以下)
(六) 「しかしながら、前に認定した事実によれば、本件係争事業年度において、国土企業、大川、山岸らはいずれも無資産、無資力であるというものであって、当時同人らに対する損害賠償請求権の全部又は一部の実現が可能であり、又は可能であることを推測するに足りる事実の存在を窺うことはできないし、被控訴人の全立証をもってしても、そのような事実を認めることはできないから、前示和解の成立、これによる一部履行の事実をもって、前叙認定を左右することはできない。」(同一六丁裏八行目以下)
(七) 「控訴人が、右和解の履行として受領した金八〇〇万円及び債権譲渡によって取得したその対価は、その時の属する事業年度において、益金として計上すれば足りる」(同一七丁表五行目以下)
(八) 「そうすると、控訴人が本件係争事業年度において、詐欺被害として金四、〇〇〇万円を雑損失に計上したのは相当であるから、その損金計上を全部否認してなした本件処分及びこれを前提とした本件決定は、その限りにおいて違法なものというべきである。」(同一七丁表九行目以下)
(九) 「右係争事業年度において、控訴人が所有権移転登記を受けた前示本件八筆の山林については、これを益金として計上すべきところ、同事業年度におけるその価格を的確に認定するに足りる資料は存しない。」(同一七丁裏二行目以下)
(十) 「従って、控訴人の本訴請求は、本件処分及び本件決定のうち右損金四、〇〇〇万円の計上を否認したことに対応応する部分の取消しを求める限度においては認容すべきものである」(同一七丁裏五行目以下)
第二上告理由
一 原判決は、前記第一の二の2に記載のとおり、法人税法二二条二項及び三項の解釈・適用につき、「収益及び損失はそれが同一原因によって生ずるものであっても、各個独立に確定すべきことを原則とし、従って、両者互に他方の確定を待たなければ当該事業年度における確定をさまたげるという関係に立つものではないと解するのが相当である。」(前記第一の二の2の(三)、原判決一五丁表三行目以下)という考え方を述べるとともに、本件に関しては、本件係争事業年度当時、本件詐欺の加害者である「国土企業、大川、山岸、田辺及び荒川は、いずれも無資産、無資力であった」(原判決一三丁裏一〇行目以下)との理由を挙げて、「詐欺被害の事実並びに被害額は、遅くとも本件係争事業年度の最終日までには具体的に確定し、社会通念に照られて明確になったということができる」(前記第一の二の2の(一)、原判決一四丁表一行目以下)が、他方、本件「詐欺の原因たる事実により控訴人が加害者らに対し取得するに至ったと認められる損害賠償請求権は本件係争事業年度中に益金として確定を見なかったことを被控訴人においてさえ自陳するところであ」る(同(四)、原判決一五丁表九行目以下)として、被上告人の本件金四、〇〇〇万円の損金算入を相当であると判示した上、更に「右係争事業年度において、控訴人が所有権移転登記を受けた前示本件八筆の山林については、これを益金として計上すべきところ、同事業年度におけるその価格を的確に認定するに足りる資料は存しない。」(同(九)、原判決一七丁裏二行目以下)として、「控訴人の本訴請求は、本件処分及び本件決定のうち右損金四、〇〇〇万円の計上を否認したことに対応する部分の取消しを求める限度においては認容すべきものである」(同(十)、原判決一七丁裏五行目以下)と判示した。
しかしながら、原判決の右判断には、以下に述べるとおり、判決の結論に影響を及ぼすことが明らかな法令違背すなわち法人税法二二条二項及び三項の解釈・適用の誤り、事実認定に当たっての経験則・採証法則違背、並びに理由不備の違法がある。
二 原判決には、詐欺等の不法行為による被害があった場合の経理処理の方法について法人税法二二条二項及び三項の解釈・適用を誤った違法及び不法行為に基づく損害賠償請求権の権利確定時期に関する判示部分について理由不備の違法がある。
1 詐欺等の不法行為による被害があった場合の経理処理の方法について
(一) 法人税法二二条は、原判決中にも説示されているように、期間損益決定のための原則としていわゆる権利確定主義を採り、収益についてはその収受すべき権利の確定した時を、費用については履行すべき義務の確定した時をそれぞれ事業年度帰属の基準としている。
損失についても、その例外ではなく、それが法人の当該事業年度の損金に算入され得るためには、損失の額が当該年度中において客観的に確定していなければならない。
(二) ところで、法人が詐欺等の不法行為による被害にあった場合には、当該法人は右被害発生と同時に、他方で、法律上当然に、加害者に対する右被害額と同額の損害賠償請求権を取得し、しかも実際に損害のてん補ということが当然に予定されるものなのであるから、当該法人に生じた実際の損失の額というものは、この損害賠償請求権の履行による損害のてん補がその全部又は一部について事実上不可能であると客観的に認められる状態に至って初めて確定するものと言うべきである。
したがって、法人税法上は、単に詐欺等の不法行為による被害が発生したというその一事のみによって、損害賠償請求権の取得ということを無視して、その被害額をそのまま「同法二二条三項三号にいう損失の額」として当該不法行為発生時の事業年度の損金に算入するということは許されず、右に述べた意味における損失の額の確定時期すなわち当該損失の原因となった詐欺等の不法行為による被害の事実が客観的に存在することに加えて、右詐欺等の加害者の未判明、失踪、行方不明あるいは回復の見込みのない無資力等により、被害者の加害者に対する損害賠償債権の実現が事実上不可能であると評価される特段の事情が客観的に認められ、かつ、ほかに右損失のてん補の方法が期待し得ない客観的事情の存することが認められる時期に至って、初めて、そして回収不能であることが確実となった金額についてのみ、損金算入が認められるものと言わなければならない。
(三) 右に述べたとおり、詐欺等の不法行為による損失の額の確定の時期は、加害者に対する損害賠償請求権の全部又は一部の実現が事実上不可能となった時期と解すべきであるから、経理処理の方法としては、右損失の額の確定時期に至って初めて当該損失の額を損金として計上すべきことになるのであるが、基本的にはその考え方に立ちながらも、具体的経理処理の方法としては、被害が判明した時期において被害額全額を損失として計上し、同時に他方で同額の損害賠償請求権を収益として計上する方法もあり得ないわけではない。この経理方法による場合には、被害が判明した時期においては、全く同額の損失と収益とが両建てされることとなるから、互いに相殺されて所得金額に影響を及ぼすことはなく、その後前記損失の額の確定時すなわち損害賠償請求権について、前記のような特段の事情が認められ、その実現が事実上不可能であることが明確になった時に、右債権のうち回収不能となった金額を貸倒損として損失に計上することができるのであり、この経理処理の方法は、結局のところ、前記詐欺被害の損失の額を損害賠償債権の貸倒損失に置き換えるものにほかならず、法人税法における所得金額計算上は全く同一の結果となるものである。そして、このような経理処理の方法は、詐欺被害等による損失とこれに対応する損害賠償請求権に係る収益とが発生の原因を同一にし、かつ、法的には全く同時に同額について成立するものであることに着目して、前者の額が確定すれば同時に後者の額も確定するということを前提としてその合理性が認められるものであって、とりわけ当事者間において、被害の発生及び数額が明確であり、したがって損害賠償請求権の成立とその範囲が明確である場合によりよく妥当するものである。
(四) 以上述べた上告人の考え方(ただし、前記二つの方法のうちいずれがより適切かという点は除く。)が正当であることは、以下に述べるとおり、既に判例上も認められているものである。
1 最高裁判所昭和四三年一〇月一七日第一小法廷判決(訟務月報一四巻一二号一四三七ページ)は、「横領行為によって法人の被った損害が、その法人の資産を減少せしめたものとして、右損害を生じた事業年度における損金を構成することは明らかであり、他面、横領者に対して法人が被った損害に相当する金額の損害賠償請求権を取得するものである以上、それが法人の資産を増加させたものとして、同じ事業年度における益金を構成するものであることも疑ない。」……犯罪行為のために被った損害の賠償請求権でもその法人の有する通常の金銭債権と特に異なる取扱いをなすべき理由はないから、横領行為のために被った損害額を損金に計上するとともに右損害賠償請求権を益金に計上したうえ、それが債務者の無資力その他の事由によってその実現不能が明白となったときにおいて損金となすべき旨の原判示は、犯罪行為のために被った損害を損害賠償請求権の実現不能による損害に置き換えることになるものであるが、犯罪行為に基づき法人に損害賠償請求権の取得が認められる以上、その経理上の処理方法として十分首肯しうるものといわなければならない。論旨は、そのような請求権の実現性の薄弱なことをあげてその益金計上を不当とするが、そのようなことは一概にいえるものではなく、もし損害賠償請求権がその取得当初から明白に実現不能の状態にあったとすれば、上記の経理方法によっても、直ちにその事業年度の損金とするを妨げないわけであるから、所論の非難はあたらない。……右東間が示談を拒否し懲役の実刑を受けたなど原審における上告会社の主張事実だけでは、いまだその係争事業年度の間において同人に対する損害賠償請求権の全部または一部の実現不能が明らかになったと認めるに足りるものではない。してみれば、原判決がその横領行為により被った損害を損金に、これに対応する損害賠償請求権を益金に計上したのと結果を同じくする被上告人の更正処分(前記横領額を仮装した上告会社の経費を否認するとともに、これと同額を右東間に対する仮払金として処理したもの)を支持したのに、所論の違法は認められない。」と判示している。
(2) 右事件の原審である東京高等裁判所昭和四〇年一〇月一三日判決(行政事件裁判例集一六巻一〇号一六ページ)は、「被控訴人が処理した如く、犯罪行為による損害とこれに対応する損害賠償請求権のいずれをも損金に算入しない方法も亦、法人税法並びに関係法令にこれに反する規定の存しない以上は、是認されるものと解すべきであるが、横領による現金の流出がある以上は、企業経営の実態把握を目的とする企業会計上の要請からすれば、むしろ犯罪による被害とこれによる損害賠償請求権とは共に損金に算入してその内容を明記するのが順当であり、法人税法による所得の計算にあたってもこれに一致せしめるほうがより勝るものということができよう。要するに、犯罪による損害とこれによる損害賠償請求権の双方を損益に算入しないことは差支えないが、右損害を損金に算入したときは、損害賠償請求権を益金に算入すべきであって、損害を損金に算入しながら損害賠償請求権を益金に算入しないことは許されないものといわなければならない。なお右のいずれの方法をとるとしても、犯罪行為による損害については、貸倒れと同様に、その回収の見込がないと認められるに至ったときは、これを損金に算入し得ることは疑がない。」と判示している。
(3) 大阪地方裁判所昭和三一年一一月一七日判決(行政事件裁判例集七巻一二号二七八〇ページ)は、会社の代表取締役が会社の目的を越えた貸付けをし、その貸付金の貸倒れにより会社に損失を負わせたという事案につき、右代表取締役は、「取締役として最も重要なる会社資本充実の責務に違反し、商法二百五十四条の二、二百六十六条に基き原告に対し損害賠償責任を負うものである。原告は右損害発生と同時に何等の意思表示なくして藪定雄に対する損害賠償請求権を取得し、然も原告は積極的に之の履行を求めなければならぬ関係に立つものである。従って、この場合前記貸倒損失に対称して損害賠償請求権(資産)を取得したことになる。……右のような損害賠償請求権が資産として現存していると認定された以上その余の点に判断するまでもなく岸和田税務署長の本件更正は正当であ」ると判示している(この事件において被告は「この場合の記帳方法は通常貸倒損失の引当てに新に資産勘定に代表取締役に対する損害賠償請求権を計上すべきである。然るに原告は藪定雄に対し損害賠償請求権を取得したに拘らず之を資産として計上せず単に貸倒損失として処理してしまった右の如き計算を容認するときは原告の法人税の負担を不当に減少させることになること明であるから前記の如く之を否認し、右貸付金に相当する損害賠償請求権が資産として現存するものとして原告の所得額を認定したのである。」と主張していた。)
2 原判決の判断の誤りについて
(一) 原判決は、「収益及び損失はそれが同一原因によって生ずるものであっても、各個独立に確定すべきことを原則とし、従って、両者互に他方の確定を待たなければ当該事業年度における確定をさまたげるという関係に立つものではないと解するのが相当である。すなわち、当該収益、損失のそれぞれにつき当該事業年度中の確定の有無が間われれば足りるのである。」(前記第一の二の2の(三)、原判決一五丁表三行目以下)と述べた上、本件においては、「詐欺被害の事実並びに被害額は、遅くとも本件係争事業年度の最終日までには具体的に確定し、社会通念に照らして明確になったということができる」(同(一)、原判決一四丁表一行目以下)が、他方右詐欺によって「控訴人が加害者らに対し取得するに至ったと認められる損害賠償請求権は本件係争事業年度中に益金として確定を見なかった」(同(四)、原判決一五丁表一〇行目以下)と判示した。
しかしながら、詐欺等の不法行為がなされた場合には、その被害の発生と同時に被害額と同額の損害賠償請求権が法律上当然発生するものであり、原判決に判示されているように「詐欺被害の事実並びに被害額は、遅くとも本件係争事業年度の最終日までには具体的に確定し」たというのであれば、当然の結論として、右詐欺被害に基づく加害者に対する損害賠償請求権も同時に確定したということになるはずのものであるから、原判決の右判断は明らかに誤りというべきである(当然のことながら、加害者の資力の有無は損害賠償請求権の確定ということとは全く無関係である。)
原判決は「損害賠償請求権は本件係争事業年度中に益金として確定を見なかったことを被控訴人においてさえ自陳するところであ」る(同(四)、原判決一五丁表一〇行目以下)と説示しているが、上告人としては本訴において右原判決の指摘するような趣旨の主張ないし答弁をしたことは一度もなく、原判決が引用した本件一審判決の事実摘示中に明記されているとおり、「本件係争年度中には上越南警察署長に告訴が受理されたにとどまり、詐欺の事実があったか否かについては本件係争年度末までには確定していないし、他方、熊本バス名義で原告が提起した別件民事訴訟も本件係争年度中には何ら確定を見ていない。したがって、原告が主張する右雑損失は、本件係争年度内にはいまだ確定していない「(本訴一審判決六丁裏六行目以下)との主張をする一方、予備的に「仮に、前記四〇、〇〇〇、〇〇〇円が国土企業らに詐欺による損害金で本件係争年度に確定し、損金の額に算入されるのであれば、その反面において、原告は国土企業らに対して同額の民事上の損害賠償債権を取得し、右債権は本件係争年度の益金に算入されることとなる結果、原告の本件係争年度の所得金額は、詐欺による損害金を損金に算入しない場合と何ら差異がないのである。」(同七丁表六行目以下)との主張を行い、更に上告人の原審昭和五二年八月二五日付け準備書面に記載のとおり「詐欺被害に基づく損失については、法的にはその発生と同時に被害者が被害額と同額の損害賠償債権を取得するのが通常であるから、単に詐欺被害の事実が確定したというだけでは、当該被害者の損失額は、具体的・現実的に算出することはできないのである」等の主張をしていたものである。したがって、原判決の右説示は明らかに誤りである。
なお、原判決中には、被害の事実及び被害額の方は確定したとしながら、「損害賠償請求権は本件係争事業年度中に益金として確定を見なかった」と判示したその理由については全く示されていない。この点に関しては理由不備の違法があるというべきである。
(二) 原判決は、右(一)に記載の説示をした後、更に「控訴人が、右和解の履行として受領した金八〇〇万円及び債権譲渡によって取得したその対価は、その時の属する事業年度において、益金として計上すれば足りる」(前記第一の二の2の(七)、原判決一七丁表五行目以下)とした上、「そうすると、控訴人が本件係争事業年度において、詐欺被害として金四、〇〇〇万円を雑損失に計上したのは相当であるから、その損金計上を全部否認してなした本件処分及びこれを前提とした本件決定は、その限りにおいて違法」(同(八)、原判決一七丁表九行目以下)であると判示した。
しかしながら、既に前記1において述べたところから明らかなように、一方で被害額の損金算入を認めながら他方で損害賠償請求権の益金計上を不要とした原判決の右判断は被害発生と同時に法人が取得し、被害の確定と同時に確定するはずの損害賠償請求権の存在を無視するものであって、法人税法二二条二項及び三項の解釈・適用を誤ったものというべきである。
もっとも、原判決中には「本件係争事業年度において、国土企業、大川、山岸らはいずれも無資力、無資産であるというのであって、当時同人らに対する損害賠償請求権の全部又は一部の実現が可能であり、又は可能であることを推測するに足りる事実の存在を窺うことはできない」(原判決一六丁裏八行目以下)などと説示された箇所があるところを見ると、原判決の考え方は、特に右説示に記されているような加害者が無資力、無資産で損害賠償請求権の全部又は一部の実現が可能であると認め難い本件事実関係の下では、詐欺被害額を損金に算入し、損害賠償請求権の額を益金に算入しない例外的な経理処理というものが法人税法上許されるという考え方のようにも受け取れる。
しかしながら、後に述べるとおり「本件係争事業年度において、国土企業、大川、山岸らはいずれも無資力、無資産であ」ったとの事実認定自体が経験則・採証法則に反するものであるばかりでなく、仮に原判決の認定どおり、右加害者らが本件係争事業年度においていずれも無資力・無資産であったとしても、単にそのような事実から直ちに本件損害賠償請求権の全部又は一部の実現が将来にわたって不可能と認められようはずはなく、この点において原判決の判断は誤りというべきである。そして、さきにも述べたとおり、損害賠償請求権の実現が事実上不可能と認められるためには、更に厳格な要件が必要であって、加害者の「無資力、無資産」ということに限定して述べれば、そうした状態というものが将来にわたって継続し、到底資力等を回復する見込みがなく、またほかに加害者自身の賠償に代わるべき損失てん補の方法というものも存しないという客観的事情がなければならないというべきであり、そうした特段の事情が認められて初めて損害賠償請求権の実現が将来にわたって不可能となり、したがって当該債権の財産的価値が実質的には失われたと言うことができるのである。
本件においては、原判決中にも認定されている(前記第一の二の1の(二)の(9)、原判決一五丁裏四行目以下)とおり、本件係争事業年度末の昭和四九年三月三一日から僅か二年後の昭和五一年四月七日には被上告人と加害者らとの間に訴訟上の和解が成立し、同日被上告人は加害者らから同人らが右和解において損害賠償としての支払いを約した金四六〇〇万円のうちまず金八〇〇万円の支払いを受けるとともに、国土企業からは、「金六〇〇万円の支払に代える」という形で、既に所有権移転登記を受けていた本件八筆の土地の譲渡を改めて受けたこととし、更に原判決中には判示されていないが、後に詳述するとおり、本件各証拠によれば、右和解に基づき、同日加害者大川から右損害賠償請求権の残額三二〇〇万円の担保という形で同人所有の門前仲町のマンション及び船橋の土地に順位一番の抵当権の設定登記を受け、その後それぞれ抵当権が実行されて、昭和五三年七月二一日には門前仲町のマンションにつき金八〇二万六二四〇円、同年一一月九日には船橋の土地につき金六八一万九八四〇円の各配当金を受領したと認められるものであって、本件八筆の土地の当時の時価(後に詳述するとおり、その価額は金二八七八万円と見るのが相当であり、最も低く見積っても金一八五四万三八五五円を下らないものである。)も含めて考えれば、右和解の結果被上告人は本件詐欺による被害額の全部について加害者らから損害のてん補を受けたことになるのであって、本件係争事業年度当時において本件損害賠償請求権が加害者らの無資力のため実現不能の状態であったなどと到底認められるものでないことは極めて明らかというべきである。
したがって、損害賠償請求権につき、その実現が事実上不能となるような特段の事情は、本件係争事業年度中において何ら客観的に認められないにもかかわらず、前記のとおり右損害賠償請求権の益金算入は不要で、被害額の損金算入は相当と判示した原判決の判断は、法人税法二二条二項及び三項の解釈・適用を誤ったものと言うべきである。
三 原判決には、本件係争事業年度当時、加害者らはいずれも無資産、無資力であったと認定した点において、経験則・採証法則に違背する違法がある。
1 原判決は、本件係争事業年度当時「国土企業、大川、山岸、田辺及び荒川は、いずれも無資産、無資力であった」(前記第一の二の2の(一)、原判決一三丁裏一〇行目以下)と認定している。
しかしながら、以下に述べるとおり、原判決の右認定は明らかに誤りである。
2 まず、本件手付金四〇〇〇万円の回収を図る上で、既に引渡しずみの本件八筆の土地が担保的役割を果していることは言うまでもなく、担保のある債権が回収不能とはいえないのみならず、甲第五号証の和解調書によれば、本件係争事業年度の末日から僅か二年後である昭和五一年四月七日に被上告人と加害者らとの間に訴訟上の和解が成立し、被上告人に対し、同日、国土企業、大川及び山岸が損害賠償金の一部として金八〇〇万円を支払うとともに国土企業の本件八筆の土地の所有権移転の意思表示のほか、更に大川が右和解調書に添付の別紙第二物件目録記載の各土地及び同第三物件目録記載の土地・建物につきそれぞれ第一順位の抵当権設定登記手続をなすことを約した事実が認められ、原審における被上告人代表者本人尋問の結果(同本人調書一八項)及び甲第二〇号証の一によれば、右各物件のうち第二物件目録の(1)、(2)の各土地(以下「船橋の土地」という。)及び第三物件目録の土地・建物(以下「門前仲町のマンション」という。)については被上告人が現実に抵当権の設定を受けた事実並びに右船橋の土地は大川と同せいしていた小林礼子の所有名義になっていたこと(同一八項)(原判決に認定されているとおり門前仲町のマンションも同女の所有名義であった。)及び当時の時価は、低く見積っても、門前仲町のマンションの方は九〇〇万円、船橋の土地の方は五〇〇万円程度であったこと(同二〇項)が認められ、甲第二一号証及び同第二二号証の各一、二並びに証人川崎義治の証言(同証人調書一四、一五項)によれば、右抵当権が実行された後、被控訴人は、昭和五三年七月二一日に門前仲町のマンションにつき金八〇二万六二四〇円、同年一一月九日に船橋の土地のつき金六八一万九八四〇円の各配当金を受領したこと、証人渡辺渡は「門前仲町のマンションは……大川の話では、そのマンションは自分がお金を出して買ったが、一諸に住んでいる女性の名義になっている、ということでした。」(同証人調書(第二回)三項)と証言していることが認められ、これらの事実によれば、加害者中少なくとも大川については、その所有名義の資産はともかく、本件手付金の額四〇〇〇万円から本件八筆の土地の時価相当額を減じた損害賠償金(本件においては、手付金四〇〇〇万円が詐欺されたとはいえ、被上告人は加害者から本件八筆の土地の所有権移転を受けたというのであるから、正確には被害額は手付金の額の四〇〇〇万円から右八筆の土地の時価相当額を減じたものというべきであり、したがって損害賠償請求権もその金額について認められるはずのものである。)の返済能力すなわち資力があったことは証拠上明らかというべきである。
原判決は、前記のとおり、「後日裁判上の和解が成立して控訴人が一部弁済を受けた事実があったからといって、他に格別の事情を認め得ない本件においては、これより遡った本件係争事業年度当時国土企業等に資力があったと認めることもできない」(前記第一の二の2の(二)、原判決一四丁裏二行目以下)と判示しているが、これは全く経験則に反するものである。前記のとおり本件係争事業年度の末日から僅か二年後に和解と同時に八〇〇万円もの金員の支払い及び時価総額一四〇〇万円の土地・建物(これらは、前記のとおり、大川と同せいしていた女性の所有名義のものであったが、実質的には大川の所有に属すると同様のものであったと推定される。)という担保の提供がなされ、しかも本件係争事業年度当時と右和解成立時とで加害者らの資産内容等に急激な変化が生じたというような格別の事情も認められない本件においては、原判決の右判示とは全く逆に本件係争事業年度当時においても加害者らに資力があったと認めるのが相当というべきである。
したがって、原判決には、右の点につき経験則・採証法則に違背する違法がある。
四 原判決には本件八筆の土地の価格の認定について採証法則違背の違法がある。
1 原判決は、前記のとおり「右係争事業年度において、控訴人が所有権移転登記を受けた前示本件八筆の山林については、これを益金として計上すべきところ、同事業年度におけるその価格を的確に認定するに足りる資料は存しない。」(前記第一の二の2の(九)、原判決一七丁裏二行目以下)と判示して、本件において被上告人が本件手付金の交付後に国土企業から契約の一部履行として所有権の移転を受けた本件八筆の土地の価格相当額の益金算入又は同金額相当額を本件被害額から減額するということをしないまま漫然と四〇〇〇万円の損金算入の否認は違法と判示した本判決には、以下に述べるとおり、採証法則違背ないし審理不尽の違法がある。
2 本件八筆の土地の価格に関しては、原判決には、前記のとおり、大川らが手付金四〇〇〇万円の中から、本件八筆の土地の買収代金として二四〇〇万円位、手数料として三〇〇万円、経費として一七八万円を支出した旨の認定がなされている(前記第一の二の1の(二)の(3)、原判決一〇丁裏二行目以下)のであるから、ほかにこれに反する資料のない限り、右土地の価格は、これら取得に要した費用の合計額二八七八万円とみるのが相当である。
なお、右とは別に本件売買契約における三・三平方メートル当りの契約単価八五〇〇円(甲第一号証)というものを基準として計算してみれば、右土地の価額は金一八五四万三八五五円となり、前記金額とはかなりの開差があることになるが、証人渡辺渡の証言によれば、本件土地の買受人として被上告人と競合する立場にあった蝶理株式会社の見積りでは、第一次の土地引渡しに必要な資金としての手付金は金七二〇〇万円であったのに対し、被上告人の手付金は四〇〇〇万円で市価より安く売ったものであること(同証人調書(第一回)一七、二五項、同(第二回)一一項。なお、同証人は、別件刑事事件において、蝶理株式会社の契約単価は、三・三平方メートル当たり九八〇〇円であったと証言している(甲第一一号証二九丁表参照。)。)を考慮すれば、右開差は異とするに足りないものである。
しかるに、原判決が本件八筆の土地の価格を認定する資料がないと判断したのは、採証法則に反した誤った判断というべきである。
よって、原判決は速やかに破棄されるべきである。
以上